本邦では毎年約1,000万人がインフルエンザに罹患しており、社会生活に多大な負の影響を及ぼしています。
そのため、インフルエンザの予防対策としてワクチン接種が推奨されています。
インフルエンザワクチンには、全世代が接種可能な「不活化ワクチン」と、接種対象年齢が2歳から18歳までに限られている「弱毒生(なま)ワクチン」があります。
インフルエンザウイルスは、その粒子表面にヘマグルチニンと呼ばれるウイルスタンパク質を持っています。
ヒトがインフルエンザウイルスに感染すると、ウイルス増殖に対抗するためにヘマグルチニンの働きを止める抗体を作ります。
皮下に注射接種するタイプの「不活化ワクチン」は、ヘマグルチニンを主成分としています。
不活化ワクチンを接種すると、実際のウイルス感染時に抗体を素早く作り出す免疫を事前に獲得でき、インフルエンザの重症化を阻止できると考えられています。
一方で不活化ワクチンは、インフルエンザの発症自体を防ぐ効果が低いという問題点があります。
それでは、より効果的に発症を予防するワクチンはできないのでしょうか?
2024年に、より高い発症予防効果が期待できる「弱毒生インフルエンザワクチン」の使用が承認されました。
弱毒生ワクチンは、生きたインフルエンザウイルス自体を鼻腔に噴霧接種します。
鼻腔内の粘膜細胞に感染した生ワクチンは、インフルエンザを発症しない程度に増殖した後に体内から排除されますが、その間にインフルエンザに罹った時と同程度の免疫を誘導できます。
その結果、市中で流行しているウイルスが体内に侵入してきても、ワクチン接種で獲得した免疫によって、効率よく発症が予防できます。
一方で、生ワクチンには副反応のリスクがあります。
鼻腔内は外気に接しているため、粘膜細胞は体温より低い約34℃に保たれています。
弱毒生ワクチンは、この温度条件下でのみ増殖するように設計されていますが、37℃以上でも増殖できる変異ウイルスが生じた場合、粘膜以外の細胞にも感染が広がり、発熱や倦怠感などの副反応が引き起こされる可能性があります。
そこで、副反応が出現しない弱毒生ワクチンを開発することが重要となります。
私たちは、ウイルス人工合成技術を用いて新規の弱毒生ワクチンの作出に成功しました。
具体的には、感染細胞内でウイルス遺伝子を増やす「ウイルスゲノム複製酵素」の一部を改変することで、34℃以下でのみ増殖する低病原性のインフルエンザウイルス株(新規生ワクチン)を作り出しました。
ウイルス遺伝子をコピーする働きがあるウイルスゲノム複製酵素は、病原性の強さを決める因子でもあります。
マウスを用いた動物実験などにより、新規生ワクチンは従来の弱毒生ワクチンと同程度の免疫を誘導することがわかりました。
加えてこの新規生ワクチンは、病原性が復帰する変異ウイルスが出現しづらい特徴を備えていました。
この特性は、副反応が出現しない弱毒生ワクチン開発のシーズとして期待できます。
ウイルスの弱毒化に関わるアミノ酸を特定するため、ウイルスゲノム複製酵素の三次元構造を基に、酵素の働きにとって重要なアミノ酸部位を推定しました。
その後、推定したアミノ酸に改変を加えた数十種類の組換えウイルスを人工合成し、各ウイルスの性状を一つずつ調べました。
その中で唯一、471番目のアミノ酸を改変したウイルスが、副反応が生じない弱毒生ワクチンとなりうる特徴を備えていました。
現在は新規生ワクチンの安全性や安定性などを調べており、全世代が安心して接種できる、より安全な弱毒生ワクチンの社会実装を目指しています。

